ブラッスリー・ヘップバーン


ある仕事に就いたことで、自分の価値観が大きく変わった経験を
お持ちの方は居るだろうか。


1日の内で、仕事に費やす時間はかなりの割合を占める。
当然、自分が就いている職業(上司・同僚を含めて)から受ける
影響と言うと、多大なものがあるのではないだろうか。
もっとも、その影響が良いものの場合もあれば、悪い場合も
ある訳で、特に若い頃であればあるほど、その後の人格形成にも
大きな影響を与えてしまうものであるだろう。


僕は25歳の頃、地元の「ブラッスリー・ヘップバーン」という飲食店で
アルバイトをしていた。
ブラッスリー」とはフランス語で「軽い食事やお酒が飲める
庶民的な店」のことである。
そう、この「ヘップバーン」という店は「フレンチレストラン」と
「バー」の中間に位置する店だったのだ。


「だった」と書いたが、閉店してしまった訳ではなく、当時は
繁華街の「飲食ビル」の中に入居していたが、現在は福山市
郊外の自宅の一部を改造して営業を続けている。
オーナーシェフ上原氏の名誉のため補足しておこう。


さて、このお店だが、上記の「庶民的な…」とはかけ離れた、
とても特殊な雰囲気の店であったのだ。


一見さんでは到底押す勇気が出ないであろう、真っ黒な鉄製の
扉を開けると、目の前にはグランドピアノが置かれ、極限まで
落とした間接照明の向こうに黒で統一された調度品が並ぶ。
店の真ん中には、迫力のあるフラワーディスプレイにスポットライトが
当ててあり、壁には「金子國義」や「クリムト」の画が掛かっている。


奥のカウンターは10席程度。
3席ほどの丸テーブルには、常時真っ白なリネンのテーブルクロスが
掛けてあり、そのテーブルの真ん中のキャンドルに火を灯すのが、
毎日の僕の仕事であった。
見回すと窓際には「ブッダヘッド」が並んでいて、更に細部に
目を凝らすと、百年は前の物と思われる骨董品があちこちに
ディスプレイしてあった。


この店にお客が来ると、まず間違いなく皆カウンターに座る。
BOSEのスピーカーから流れるJAZZを聴きながら酒を飲むのだ。
お客に出すグラスは全て「バカラ」を使う。
そのグラスで飲みたいためだけに来店していた人もいたくらいだ。
ただし、この店には「メニュー」というものが存在しなかった。
ブランデー・ウィスキー・ワイン・カクテルなど「オマカセ」と
言わない限りは、本人の知識と舌を試される事となるのだ。


オーナーシェフである、上原由万(うえはらよしかず)氏は
僕より3〜4歳ほど年上で、海上自衛隊の士官候補であったのだが、
自衛隊を辞めて単身フランスへ渡り、ポール・ボキューズの主催する
料理学校でフレンチを習ったのだ、と聞いている。
その当時彼はまだ30歳にもなっていなかったはずだ。
さらに彼は「神主」の資格も持っており、また酒が入ると「能」の
舞を披露してくれたりもした。
そう、上原氏は僕にとって、全く住む世界の違う人であったのだ。


僕はこの不思議な空間の中で、約1年間の時を過ごした。
その時間が僕に与えた影響は計り知れないだろう。


この店で初めて経験した事は列挙に暇が無い。
次回の日記には、ここでの数々の貴重な経験を取り上げてみようと
考えている。


今でも頑張っている上原由万氏のために、少し宣伝をしておこう。


ブラッスリー・ヘップバーン
広島県福山市多治米町5-6-10
TEL:084-954-7054

※要予約
っていうか、予約しないと料理は出ません。
食材にもこだわりを持っているので、その時期の旬のものを調達します。
買い置きをしないので、予約が無いと料理が出せないのです。

予算は10,000/1人以上と考えてください。
ただし、料理・バゲット・ワインから器・ナイフフォークに至るまで
最高のものを使います。

特別な時間を大事な人と共有したいなら、是非お勧めです。