2.996:2


僕も一応プロフィールに「ヴォーカリスト」などと謳っているので、
たまには音楽について書いてみようと思う。


少なからずどんな音楽も、音と音との重なり(和音)で構成されている。
3度音程、5度音程といった音程差で和音は変化する。
当然、組み合わせる音の差によって、聞く人が受ける印象は異なる。
そういったさまざまな和音の組み合わせで楽曲は出来上がっているのだ。
もっと複雑なコードを使用する楽曲では4度、6度、7度といった音程も
使用する場合も多々ある。


さて、ピタゴラスという人をご存知だろうか?
そう「ピタゴラスの定理」で有名なピタゴラスだ。
ピタゴラスはこの世の中に存在する、あらゆる事象を「数の秩序」で
説明しようとしたのだ。
音程についても三角関数を用いて証明しようとした。


いや、ピタゴラスだけでなく、様々な哲学者や物理学者や宗教家が
和音(ハーモニー)についての考え方を残している。
みんな、なんとかして音程とその音程同士の差(つまりハーモニーだ)
を数字で証明しようとしているのだ。


少しお話しを深めてみようか。


まず、完全に調和する音程は1度音程だ。
そう、いわゆるユニゾンである。
ここには何も迷うものは無い。
440Hzの音に対し440Hzの音を出せば、完璧な調和が得られるのだ。


次に良く調和する音程は8度音程である。
そう、オクターブだ。
440Hzの音に対して880Hzの音だ。
音の振動数(Hz)の比で言えば2:1である。


では、次に5度音程だが、5度の音は1度の音に対して振動数の比率が
3:2でなければならない。
Aの音に対してEの音(5度上の音)は振動数が3/2なのだ。
(ギターをお持ちの方は、試してみてもらいたい。
2弦の開放音がA、2弦の5フレットがE、振動している部分の長さは
およそ3/2である。)


続いて3度音程(長3度)であるが、3度の振動比は5:4だ。
(A音に対してC#音、4フレット目だ。振動している部分はおよそ5/4。)


…と、こんな風にしてピタゴラスは「音」を数値化していった。


ただ、残念なことにピタゴラスが実験に用いた楽器は「モノコード」と
呼ばれる1本弦の弦楽器だったため、1つのキー上でしか実験を行って
いないのである。
(もっとも、当時は転調などという考え方は無かったのかも知れない、
また、ピタゴラスの時代は8音全音階が主流で、今のような12音階では
なかったのである。)


ピタゴラスの計算は完璧だった。
彼は神が天界から落っことした完璧なハーモニーを、自然界から
取り出したのだ。
ただし、それはあくまでも1つのキー上でのことだった。


前述のとおり現代の音楽は12音階を使用している。
まずAをキーとして5度音程がE、Eをキーとして5度音程がB#、
B#をキーとして…と、12回繰り返すとグルッと1回転して、
元のAに戻らなければならない。
そうでなければ、現代の音楽は演奏できない。


だが、現実は残念なことに元のAには戻らない。
1度と5度の音程の振動比を3:2で計算して1周回ると、
元のAよりも6%程割り増しとなる。
A音より微妙に高い音になってしまうのだ。


そこを上手く「調整」するために生まれたのが平均律だ。
これが現代の音楽では主流になっている。
いや、ほぼ100%平均律で作られた音楽であるといってもいい。


平均律の考え方は「完璧なひとつの和音」よりも「全体の調和」
を重視するということだ。
そう、神から賜った「完璧な和音」を捨て、ヒト自らの手で
「1周回って元のAに戻って来れる音程」を作り上げたのだ。


上記で5度音程は振動比3:2だと述べた。
自然界に落ちていたはずの、完璧な5度和音は振動比3:2なのだ。
しかしヒトは自分たちの「平均律」を作り上げるため、3:2の振動比を
2.996:2に、ほんの僅かだがたわめたのである。


その0.004の差を何かで測ることはできない。
ピアノの調律士は、それを経験と勘で測る。
そしてピッチを調節するためのペグを、力ではなく「気持ち」で
回すのだそうだ。


嗚呼、なんという曖昧さ。
嗚呼、なんという打算。


しかしその素晴らしき「打算」のおかげで、僕らはたくさんの
心を打つ音楽に出会うことができたのだ。
ハードロックもジャズもヒップホップもミクスチャーも、全ては
その「曖昧さ」と「打算」の上に成り立っている。


そう、僕たちの音楽はどこまで行っても不完全なモノなのだ。
まるで、ヒトが永遠に不完全な存在のように。


だから僕たちには音楽が必要なのだ。