ホームレス


ホームレスのH(名前は伏せておく)が最悪の人生を
送っているのは、彼がホームレスだからじゃない。
ホームレスである現状から脱出しようとしないこと
こそが最悪の人生なのだ。


そう、傍から見ればね。


本人にとっては、それが心地良いのだ。
だから、その場に留まっている。
何らかの理由を付けてその場に留まっている。
ちょっとその気になれば、もう少しは
マシな生活ができるはずなのだ。


だが、彼はそうしない。
自分で金を稼いで、ユニクロでTシャツを買うか、
誰かが捨てた流行遅れのトレーナーを
拾って着るかの差なのだ。


Hはニヤニヤしながら僕に問いかけた。


「てめえらだって、似たようなもんじゃねえか。
都内の2000万円の家が買えねえからって、
郊外の1500万円の家で我慢するのと何が違う?」


僕は、そうだなあ、などと考えながら、意外と綺麗に
手入れされている彼の磨り減った革靴に目をやった。


「結構、小銭は手に入るんだぜ。


捨ててある空き缶を拾って、潰してゴミ業者に
持って行くと、キロ50円で買ってくれる。
何箇所か公園を回れば、すぐ10kgくらいは
集められるさ。
ただし、プルタブを外したり、叩いて潰したり
意外と大変なんだ。
夏場は暑くてやってらんねえんだが、夏場の方が
空き缶の量が増えるから、今が稼ぎ時だな。


ダンボールは、束で重ねた真ん中辺のヤツを、
水で濡らしておくと重くなって、2割くらい
高く回収業者が買ってくれる。
嵩張るから運ぶのが大変だけど、コイツは
秋葉原なんかのパソコン店も処理に困っているから、
裏口に顔を出すと、二つ返事で持って行ってくれ
と言うぜ。


あとは、自動販売機の下なんかは見逃せないね。
こんな棒で自販機の下を探ると、10台に1回は
小銭が落ちてるもんだよ。


一番オイシイのが、ビッグイシューっていう
フリーペーパーだ。
アメリカでホームレス支援のために発行された
って事らしいんだが、見ろよこの内容。
ほらっ、今月号は表紙がジョニー・デップだぜ。
こんな風に毎号超有名な外タレの写真やインタビューが
バンバン載ってるから、こいつは結構売れんだ。


ここのNPOのニイチャンたちから、最初その雑誌を
10冊もらって、新宿とか渋谷の駅前あたりで200円で
売るんだよ。
そうするとその内の110円が俺らの懐に入るって仕組みだ。
10冊なんかすぐ売れるぜ。


駅で捨ててある雑誌を拾って売るってのもいいんだが、
この雑誌は儲かった金を元手に販売を拡張する
ことができんだ。
NPOから弁当やら古着やら簡易宿泊所なんかが
付いてくることもあるしな。


どうだ、お前もやんねえか?」


相変わらずニヤニヤしているHの顔を眺めながら、
なんだか彼らの生活が、僕よりもずっと充実したものの
ような気がして、羨ましさすら感じてしまった。