自転車


中学生の頃、夏休みになるのを待ち侘びて
僕たちは自転車で海に向かった。
3台の自転車を連ねて、目指すのは
山をひとつ越え、更に橋を渡った先に
浮かんでいる、瀬戸内の小島だ。


僕たちは訳もなく競争した。
先に行く者は遅れた者を気にしながら。
後を追う者は前を走る自転車に置いて行かれまいと。
そう、僕たちは我武者羅にペダルを漕いだ。


うだるような真夏の炎天下、身を隠す木陰もなく、
自分自身が前へ進むことで巻き起こる風だけが
涼を取る唯一の手段だ。
僕たちは汗びっしょりになるのも構わず
ペダルを漕いだ。


僕たちは自転車で行ける限界までペダルを漕いだ。
それがひょろりと線の細い中学生だった僕たちの
出来得る限りの冒険だった。


ちょっと不良っぽい雰囲気のリュウチャンも
三枚目キャラのナカヤンも、みんな自転車が
大好きだった。
自転車でどこへでも行った。


いつの間にか、自転車はバイクになり、車となった。
冒険できる距離はどんどんと大きくなり、
知らない間に冒険は仕事と名を変えた。


友とは離れ離れとなり、僕は東京に住みついた。
あの瀬戸内海に浮かぶ小島の、人の来ない砂浜に
行くことはなくなってしまった。


今でも生き生きと僕の記憶に残る風景は変わって
いないだろうか。
坂を上りきった丘の上の蜜柑畑は、
蒼々とした葉を繁らせているだろうか。


大手町の交差点の陽炎の中に、小さくなっていく
自転車の後姿が見えたような気がした。