潜水


ずっとずっと、水の中に潜っていた気分だ。
でも苦しくはない。


ゆらゆらと揺らめく、水面を通して
地上の世界を眺めていた。
それは、本来僕が居るはずの世界なのだが
一歩離れた場所から、みんなの活動を
興味深く眺めていた…


急に飛び込んできた、新しい仕事。
それは僕のいつもの営業の仕事ではなく、
ちょっと変わった内容のものだった。


いわゆる「ビジネス書」である。
「専門書」と言ってもいいだろう。
そのビジネス書を解読して、内容を分かりやすく
まとめる、という仕事を与えられたのだ。
(ウチの上司も、なんて適任者を選出した
ことだろう!)


まあ、ハードカバーではあるが200ページ
程度の本だ、すぐに終わるだろう、と
高をくくっていた。
しかし社内での上司への提出書類である、
うっかり間違った内容は書けない。
また、自分自身が隅から隅まで、しっかりと
内容を把握できていないと「分かりやすく
まとめる」などという芸当はできないものだ。


通常業務の合間に、ちゃちゃっとやればいいや…
その目論見は脆くも崩れ去った。
分厚い本を片手に、読んでは打つ、読んでは
打つ、を繰り返す。


僕も仕事の段取りとスピードに懸けては
ちょっと自信があったのだが、こいつは
まるで勝手が違う。
本を読むことと、ワープロを打つこと自体が
仕事となってしまうと、まるっきり両手が
塞がれたようなもんだ。
日記の下書きもできやしない。


平日でも土日でも時間が空くと、分厚い本と
パソコンに向かって、地道に作業を進める。
それでも、もう10日になるが、まだやっと
半分進んだ程度だ。
しかも、これが終わると、もう1冊新しい
本が控えている。


いつも行く、お馴染みさんの方々のサイトに
時々アクセスしてみるものの、コメントを
入れるでもなく、遠くから眺めていた…


ずっとずっと、水の中に潜っていた気分だ。
でも苦しくはない。